ガイド1

「浅間山古道」をたどり、古(いにしえ)の
浅間山に思いをはせる

安藤 伸彌(のぶや)さん 近影

安藤百福記念自然体験活動指導者養成センター

安藤 伸彌(のぶや)さん

「地元ガイドがおすすめする浅間山の楽しみ方」第1弾は、かつて修験(*1)の道として使われた「浅間山古道」の復活を目指す、安藤伸彌さんにお話を伺います。 安藤さんは東京都多摩市出身。自然体験活動の人材育成やアウトドア活動の普及を目的とした国内初の専門施設「安藤百福センター」(小諸市)に利用者として来ていましたが、信州への移住をきっかけに、スタッフとして働くようになります。業務の一環としてセンター周辺に「浅間・八ヶ岳パノラマトレイル」を整備する中で浅間山古道の存在を知り、復活に尽力してきました。浅間山古道をもっともよく知る安藤さんから見た浅間山の魅力は、どんなところにあるのでしょうか。

(*1)修験=修験者、修験道のこと。日本古来の山岳信仰と仏教が合わさってできた日本独特の宗教。山へ籠もって厳しい修行を行い、験力(げんりき)を得ることを目的とする。修験者は「山伏」「行者」とも呼ばれる。

“浅間”に込められた意味

世界有数の活火山である浅間山。この「浅間」という名前は、実は浅間山だけのものではありません。同じ火山である富士山のふもとには「富士浅間(せんげん)神社」が多数あります。読み方が「あさま」と「せんげん」と違うものの、ふたつとも同じ意味があるのだとか。それはズバリ“火の山”(*2)。まさに名は体を表しています。
登山がレジャーとして親しまれるようになったのは、明治時代中頃からのこと。それ以前の山は信仰の対象、修験者などの修行の場であり、登山は宗教行為でした。昔の浅間山は今よりも多くの登山道があり、少なくとも平安時代から登られていたようです。

(*2)火の山=諸説あり

浅間山 イメージ

登山道を浅間山古道に読み替えると違う景色が見える

七尋石 イメージ

七尋石(ななひろいし)。直径12メートルもある巨岩で、室町時代の融雪型火山泥流で流れてきたと伝えられている

浅間山古道 地図

浅間山古道の地図

浅間山古道は、2018年5月にモニターツアーのかたちで初披露されました。2日間のコースです。1日目は小諸駅からスタートして天狗温泉浅間山荘まで。2日目は山荘から浅間山山頂(*3)を目指します。噴火警戒レベル2の時は浅間山に登頂できないので、賽の河原分岐から外輪山を通って車坂峠をゴールとしています。

ちなみに、昔の人は山頂まで1日で往復していたそうです。明治時代の学校登山では、小学校高学年の男子ともなると7~9割が片道5時間で往復していたとか(ちなみに、現代の標準コースタイムは片道約8時間)。しかもわらじ履きですから、昔の人の健脚ぶりが伺えます。

かつての古道の起点は八幡(はちまん)神社でした。この神社は戦後すぐまではちょうど町はずれに位置していたとか。ここから天狗温泉浅間山荘までが古道として再発見されたルートで、その先は実は浅間山への登山道*4とほぼ重なります。「なーんだ、あとは登山道か」とがっかりする必要はありません。

「今はほとんど見向きもされませんが、実は古い石碑が道沿いにたくさん残っているのです。明治以降だと『御嶽講』の石碑も見えますし、古くは江戸時代のものもあるんですよ」(安藤さん)。

湯の平にあるお地蔵さんも江戸時代のものだそうです。さらに登山道の近くには、修験者が修行したとされる大きな洞窟や、木食(もくじき)行者*5の墓もあるのだとか。そして今も修験者として浅間山を登る人たちがいます。その証拠に、「碑伝(ひで)」と呼ばれる木札を発見できます。

(*3)浅間山山頂=浅間山は「釜山」と「前掛山」の2つのピークがある。噴火口がある釜山は常時入山禁止。前掛山は噴火警戒レベル1の時だけ登頂できる

(*4)登山道=浅間山荘口を登山口とする「火山館コース」

(*5)木食行者=五穀もしくは十穀を絶ち、木の実や草を食して修行する者

碑伝 イメージ

現代の修験者が残していった木札は碑伝(ひで)

霊峰としての浅間山が持つ魅力

「昔から霊峰と呼ばれる山は日本国内に数々あって、浅間山もそのひとつです。美しい独立峰はふもとから仰ぎ見ても遠くから眺めても迫力があり、ときどき噴火する恐ろしさもあいまって、抜群の存在感があります」(安藤さん)。
また、「角度によって見える姿が違うのも浅間山の魅力のひとつ」と安藤さんは言います。実際に、多くの画家や写真家が作品として浅間山の姿を残しています。地元の洋画家・小山敬三が描いた名作『紅浅間』はもちろんのこと、日本画家・伊東深水の手による木版画『信濃十景』では浅間山が4枚も描かれています。また写真家・田淵行男も、代表作の「初冬の浅間」のほか、『浅間・八ケ岳――麓からの山』という写真集で浅間山の姿をとらえています。

修験者 イメージ

真ん中の白装束の男性は、釜山の噴火口に向かって祈りをささげるかつての修験者。富士山同様、地獄を体験するとされたお鉢巡りは、修行としての登山のハイライトだった

山といえば登るものと考えられがちですが、浅間山は見る対象としても他にない特徴があります。独立峰でありながら、わずか2kmほどしか離れていない黒斑山から、その雄大な山容を一望できる点です。「安藤百福センターでも、ダイヤモンド浅間やパール浅間を見るツアーなどを開催しています」(安藤さん)。

浅間山古道トレイルツアーは今のところ年1~2回、春か秋に開催されています。「ツアーでないと歩きにくいコースなので、今後はガイドを育ててより浅間山古道に親しんでもらえるようにしたいです」(安藤さん)。浅間山登山の新しい魅力がまたひとつ、増えそうです。