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小諸城主「仙石 権兵衛 秀久」とは

美濃国に生まれた仙石秀久は、秀吉の旗下にあって軍功が認められ、信長より「永楽銭紋」の使用を許されるなど、讃岐高松城主十万石の大名にまで栄進しますが、天正14年(1586)九州島津征伐での軍令違反による惨敗で秀吉の勘気にふれ、領地没収の上、追放されてしまいます。

しかし、四年後の天正18年(1590)小田原の役に【無】の馬印を掲げて馳せ参じ、家康軍に加わり抜群の戦功をたて、再び秀吉に認められ、五万石の小諸城主として返り咲くこととなりました。

仙石秀久肖像画(宮崎直次蔵)金塗りの蒙古形の兜、黒の鎧に、短冊の付いた小さな鈴が吊された陣羽織を着た仙石秀久。


【小諸城をつくった武将 – 仙石秀久】

小諸藩初代藩主”仙石秀久”は、在城24年の間に小諸城の大改修を行い、二之丸黒門大手門を建てました。
また、現在の小諸の基となる城下町も秀久が造ったといわれており、三之門、足柄門は、秀久の子”忠政”によって建てられました。

平成16年から平成20年にかけ、平成の大修理と言われる小諸城大手門の改修工事が行われ、当時の姿が蘇りました(大手門についてはこちらもご参考に)。

【仙石秀久エピソード – 祇園の宮への参拝】

仙石秀久は健速神社旧地の祇園の宮をよく参拝していたと伝えられています。
大手門竣工イベントでは古く祇園社の祭礼行事として行われていた「小室節」「ささら踊り」「健速神社神輿練(みこしねり)」の披露が行われました。
小諸市の国道141号「本町」信号から北へ向かう坂(北国街道)が、当時小諸城から健速神社へ向かう道であり、その由来には諸説あるが、仙石秀久が参拝のために日頃通ったその坂は今でも「権兵衛坂」と呼ばれています。

【仙石秀久エピソード – 蕎麦切り】

浅間山麓周辺は当時から蕎麦の産地でした。
仙石秀久は、小諸の蕎麦を蕎麦切り(現在の細長い蕎麦)にして領民に広めたといわれています。
蕎麦切りを媒体にして領民とのコミュニケーションをはかり、領民達からは親しみを込めて『仙石さん』と呼ばれていたといいます。

【仙石秀久関連リンク】

秀久の子、忠政の代に仙石氏は小諸から上田に移り、その後但馬国出石藩(兵庫県豊岡市出石町)に国替えとなります。
下記の施設では、仙石秀久の甲冑が収蔵されています。

上田市立博物館 【歯朶脇立藁編笠張懸兜 紺糸威二枚胴具足】博物館仙石秀久のページ


 

仙石秀久の志を表したという旗印【丸に無の紋】


ヤンマガKC ”センゴク”シリーズ/週刊ヤングマガジン連載中© 宮下英樹/ヤングマガジン・講談社

初代小諸藩主、戦国武将・仙石秀久を主人公とした、本格歴史コミック。
斬新な人物設定と、綿密な時代考証・取材に基づいた作品として、仙石秀久を勉強するには絶好のシリーズです!
漫画ファンのみならず、幅広い層から支持を受けている話題作です。

【作品紹介】
第1部「センゴク」 全15巻(2004年~2007年連載)

第2部「センゴク 天正記」 全15巻(2008年~2012年連載)

第3部「センゴク 一統記」 全15巻(2012年~2015年連載)

第4部「センゴク権兵衛」 連載中(2015年~)

センゴク外伝 桶狭間戦記 全5巻(2007年~2010年連載)